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初めての出産。私を一番支えてくれたのは夫でした。

夫の支え

私は結婚式を挙げて1ヶ月後に子供を授かりました。
正直子供ができる前までは、1年間妊活をして子供が授かるなかったら病院行って検査を受け、妊娠出来にくい体質なら、子供は諦め2人で生活しようと思っていたくらいだったので、すぐ妊娠したことに正直驚きました。家族にも妊娠の報告をした時は結婚してすぐだったので出来婚だったのではと思われてしまいました。

妊婦生活では、私より旦那の方がうるさくアルコールは飲んではいけない、カフェインも飲んではいけない、私の大好きなマクドナルドのポテトも食べてはいけないと言われました。もちろん、守る事は出来ませんでした。アルコールは、1週間に缶ビール1本。カフェインはコーヒーを1日2杯。マックのポテトは旦那の前では食べずに、隠れて食べていました。我慢してストレスをもってはかえってお腹の子に良くないと自分に言い訳をしていました。

妊娠初期では、ご飯の臭いや味噌汁の臭い味が苦手な軽いつわりはありましたが吐く事はありませんでした。しかし、貧血には何度も襲われました。ある時、銀行でお金を下ろす最中に貧血になり職員の人に頼み少し休ませてもらいました。そして貧血が落ち着き帰ろうと自転車に乗ってすぐ再び貧血になり、晩御飯を買いにスーパーへ行きたかったのですが、諦め自転車を押してふらふらの状態で帰りました。旦那は仕事だったのでメールでその事と、夕飯外で食べてとメール送りました。するとすぐに旦那から電話がかかり、仕事の途中で家に駆けつけてくれて私の体調を気遣ってくれました。私はベッドで休めば大丈夫と伝え、旦那は無理するなと言って再び仕事へ戻りました。仕事中、抜け出してきてくれた旦那に対して本当にこの人と結婚してよかったなと改めて思いました。

私が出産する病院は出来るだけ促進剤や何もしないで自然に産まれる考えの病院だったので、体重管理が厳しく10キロ以上太ったら入院という所でした。そのため私は体重管理には気を遣っていました。そして、出産の時は旦那に立ち会い出産を希望しました。理由は父親としての自覚を持たせると言うことではなく、私が出産の恐怖を少しでも和らぐために旦那についていってほしいと思ったからです。旦那は最初は嫌だと言っていましたが、私が何度も何度も説得をして立ち会い出産にオッケーを出してくれました。

妊娠してからも販売の仕事を妊娠8ヶ月まで続けていました。私は妊婦意識が低く、仕事場で高い所荷物を下ろしたり、重い荷物を持ったりとしていました。そのせいか職場の人がすごく私を心配してくれてかえって周りから注意されていました。

妊婦中期になり、旦那と子供の名前を決めていました。男の子、女の子2つの名前。しかし、旦那は名前をつけるセンスがないのか、古風な名前ばかり考え、私は反対し名前決めで喧嘩をすることがありました。しかし性別が分かった時には子供の名前は決まり、いつも名前でお腹の子供に囁いていました。妊娠6ヶ月でもお腹はあまり目立たなく職場に行くときは電車を利用しますが、電車に乗っても席を譲ってくれる事はほとんどありませんでした。マタニティマークを付けた状態で優先席の前で立っても席を譲ってくれることもなく、逆に老人から睨まれたこともありました。そのときはマタニティマークをアピールしながら睨み返していました。私は、安定期にはいっても貧血が続いていたので、できるだけ混んだ時間帯には電車を乗らないようにしていました。

妊娠後期になると、私は一気に体調がつらくなりました。お腹も一気に目立ち、夜寝るときはお腹にいる赤ちゃんが足をどんどんどんどん蹴っているのかおとなしく私を寝かせてくれませんでした。まさか出産する前に寝不足になるとは思ってもいませんでした。旦那も私のお腹をさすりながら
「おとなしく母ちゃん寝かせてあげてね。」
と、言っていましたがお腹の子供は元気に動いていました。他にも吐息がひどく少し歩いただけで動悸もひどかったです。そして、食べ物もお腹は空いてるのに食べると胃がムカムカし、あまり食べれなくなりました。それでも無理して食べると全く動けなくなり苦しむようになりました。そして貧血は相変わらず続き、電車の中では立つのが少しつらくなりましたが、さすがにお腹が大きいせいか、ほとんどの人が席を譲ってくれてまさしく妊娠様々でした。
職場では働くことにそろそろ限界になり、妊娠8カ月でやめました。そして、旦那との生活では、子供が産まれたら2人で旅行に行く事は当分ないと思い日帰り旅行をしました。しかし、もう自分で靴を履くのも困難になり旦那に履かせてもらったり、荷物も持ってもらったり妊婦様々旅行となりました。

この頃になると病院も旦那と一緒に行くようになり、体重は妊娠前より8キロ増え、子供の体重も3000g近くになっていました。しかし、体重より驚いたことがありお腹の子供の頭位が平均より少し大きい事が分かりました。頭の大きい子供、旦那は顔が面長で頭は小さいけど私は丸顔で頭が大きい。お腹の子供は私に似たのかと思いました。

出産予定日3日前の夕方に少量の出血がありました。部屋にいる旦那に報告すると、旦那は平然な態度をしてテレビを見ていました。次の日の朝、小さな痛みを感じました。旦那に陣痛きたかもと教えると、急にソワソワしだし会社に休みの連絡をいれました。まだ、気が早いと思いながらも少し嬉しかった。そして、夕方、10分間隔になり病院に電話してから行くことになりました。病院に着いて検査するとまだ子宮口が開いてないと言われ家に引き返されました。家に着く頃は晩御飯の時間になっていました。しかし、私は痛みに耐えていることもあり旦那が初めて晩御飯を振舞ってくれました。結婚して初の出来事。晩御飯はおでん、とても嬉しかったのに痛みであまり食べれませんでした。それから4時間後、痛みの間隔がますます酷くなり、旦那は私に冷たいタオルで汗を拭いてくれたり、背中をさすったりしてくれました。そして、もう一度病院に連絡をしてから向かった。

診察台に上がり子宮口を見るとまだ開いてないと言われ再び自宅に帰されました。自宅から病院までの道のりは車で15分。少しの振動でもつらいのに追い返す病院に対し鬼だと思いました。家に帰っても再び痛みとの戦い。旦那も背中をさすり続けて手首の痛みだしていました。私も声を出さずにはいられないくらいの痛み。深夜になりもう動くのも限界になった私。旦那も手首も限界になり病院に連絡をして再度向かったが、もう車に乗るのも、小さな振動も辛い。病院についても歩けない。病院からは車椅子を用意してくれて、それに乗っかり診察台で子宮口を調べるとまだ1センチしか開いてない。しかし、私はもう限界を迎え入院許可がおりた。旦那も一安心だと思ったけどここからが本当の戦いが始まった。

立ち会い出産希望なので旦那は家には帰れず、そして病院の助産師さんも夜は人が少ないせいか私につきっきりでいることは出来ず、旦那は再度私の腰をさすることになりました。しかし、腰をさすりながら近くのコンビニでエネルギーチャージのゼリーを買いに行ってくれて、コンビニ行く時だけが唯一の旦那が休める状態になっていました。
痛みに耐え続け私は弱音と涙が止まらず叫んでいた。そして、朝を迎え子宮口を調べたが、半日経っても3センチしか開いてないと言われ私はショックで涙が止まらなかった。病院からご飯が出ても食べれず旦那に食べてもらったが、その姿も何故か怒りを感じてしまい身も心もボロボロになっていました。その日の夜を迎えても子宮口はまだ7センチ。私は子供なんか作らなければよかったと何度も思うようになっていました。旦那も弱音を見せる私の姿と背中をさすり続けて手首が炎症を起こした痛みと、寝ずに2日も過ごしてることで、旦那自身も限界になりついに
「お腹を切れ。」
と言って私に説教をし出しました。しかし、この説教で私は少しだけ冷静さを取り戻し、もう少し頑張ることを決意しました。

その日の深夜旦那が誰かに電話をして戻ると、
「うちの、オカンが明日の昼過ぎにくるから。」
まだ子供産まれてないのに何故と聞いたら
「うちのオカンの方が腰をさするのがうまいから」
私は、自分の親にも痛がる姿を見せたくないから旦那しか立ち会わせたくないのに、何故あなたの親を呼ぶの。気を使う余裕ないのにと怒りと、急いで産まなきゃという焦りを感じました。そして、次の日の早朝にようやく子宮口が全開になり分娩室に入る許可が出ました。

嬉しさのあまり、先ほどまでの陣痛の痛みが嘘のように消えました。しかし、痛みが消えたのではなく、陣痛の間隔が弱くなってきたのです。もうすぐ旦那の親が来るのにと言う気持ちと、ここまで頑張って産まれないのは嫌という気持ちになり、私は小さな陣痛でもいきみました。すると、医者も驚くぐらいに、子供は徐々に出てきて、旦那もその言葉に安心したのか初めは立ち会い出産嫌がってたのに、出てくる所をみたいと言って私の股を除き出したのです。

「すごい、髪が見える」
余裕をこいてる旦那に怒りを感じ私は旦那に背中を支える指示をだしました。そして分娩室に入り2時間後に無事女の子が産まれました。

もう、産まれて感動よりもようやく終わったと言う気持ちの方が強かったです。それから私は胎盤処理をしてもらい、旦那は産まれたばかりの赤ちゃんを写真でおさめていました。胎盤処理が終わると助産師さんが胎盤を旦那にも見せてあげそれにも感動をしていました。
そして、旦那は3日間も寝ないでいたので一度家に帰り仮眠してから自分の親と一緒に病院へ行くことにしました。子供と1時間だけ2人っきりになった私。私も3日寝てないから仮眠したいけど興奮で寝れず、子供と隣で過ごしました。色々あったけど、子供を無事に産むことが出来てよかったと心から思いました。

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