今年の7月に初めて出産をしました。
妊娠発覚したのが去年のハロウィンの頃でした、母の友人の家に2泊3日で遊びに行ってたんですが最悪なことに生理予定日でした。温泉に行く話とかも出てて私は生理になるから行けないと思ってたんです。
でも結局生理は来なくて一週間が経ちました。ずっと通っていた歯医者に行き親知らずを抜く話をしていて、「妊娠していませんか」と聞かれました。妊娠してるとレントゲンはとれないって知らなくて、まだわからなかったのでとりあえずその日に薬局に行き妊娠検査薬を買いました。
自宅に戻りいざトイレへ、結果は見事に陽性。
とりあえず彼氏に報告し、話し合いをしました。
彼氏も私も産むと言う決断になりました。
2年前にも彼氏との間に子供ができました。
しかし、そのときはまだ20歳で彼氏は無職で免許もなければ車もなく私は夜の仕事をしていて経済的にも生活的にもすごいキツイ状況でした。
もちろん私自身子供は大好きで産みたいのもありました。でもまだ20歳で子供を産んで果たしてちゃんと生活できるのか考えた時、今の自分達には無理だと思い親にも言わずおろす決断をしました。
ほんとに苦しくて苦しくて毎日毎日後悔して泣いて過ごす日々も続きました。
ようやく立ち直ることができ、2年後にまた子供を授かりました。
今度こそちゃんと産もうと決心!!
とにかく最初にまだ未婚者だったので母親に報告しました。
ダメとは言わず二人の決めたことならと許してくれました。
そして、一番いやな父親に報告です。
もちろんカンカンに怒ってました。
けど、やっぱり親はわかってて最終的には許してくれました。結婚もしました。さらには私たちは貯金も無く家も無いのを知っていたので、子供を産んでしばらくは家に居てもいいと言われました。
なんだかんだで父は娘に弱いんです。(笑)
でもすごく感謝しています。
ちょうど妊娠して1ヶ月頃つわりがきたんです。仕事が山の中でしているので気圧のせいだと思っていました。けれど日にちが過ぎるごとにひどくなり、ご飯も食べられない、匂いで吐き気がすることが多くなりました。
横になっても寝ているときでも頭痛と吐き気と貧血のオンパレードです。
もうほんとに最悪でした!!
その時に限って旦那に夜の営みを迫られるんです。明らか具合悪くしてるのに迫ってくる旦那にイライラするし妊娠してから旦那のちょっとした行動がイラつくようにもなり、毎日のように夫婦喧嘩です。
あまりイライラしちゃいけないのはわかっていながらもどうしてもおさえることができないんです。
そんな毎日が過ぎていき、3ヶ月の健診に。
まだまだ人としての形にはなっていないので妊娠してる実感もないんです。
この頃にはだいぶつわりも少しずつなくなりちょっとずつ食べれるようにもなりました。
お腹もさほど変わらないくらい大きくもないので妊娠に見られず、仕事上接客をしているのでお客さんにぶつかられたりしました。
自分自身も妊婦とは思えないくらいよく働いていたと思います。(笑)
5ヶ月くらいになると下っ腹あたりがポコポコと動くのがわかりこれが胎動なんだと初めて、(あー、ほんとにお腹に赤ちゃんがいて動いてるんだ!!)と思うようになりました。今まで好き勝手に食べていた物とかも気を付けるようになったり、ネットで調べてなにが栄養があってなにを食べてはいけないのかとか調べるようになりました。
でも、私が好きなマグロなどコーヒーとかもダメなものばかりで、食べることが好きな私には苦労しました。
産婦人科の先生には急に太るのはよくないとか塩分を気を付けろなどいろいろなことを言われたけど正直、塩分控えめとかかなり難しくて。私の父は味が濃いものが好きでまとめでご飯を作ったりしてたのでどうしても塩分を控えめにしたり、油っこいものを控えめにするのは無理でした。(笑)
そんなこともあり案の定、足はパンパンになり象の足なみにむくみました。
そこまでむくんだことがないので、初めて象の足みたいになったときはもう痛くて痛くて大変でした。むくみ防止の靴下を履いても湯船に浸かり足を温めても効果がなく妊娠中期から出産までずーっとむくむ足の痛みとの闘いでした。
6ヶ月あたりになるとお腹もだんだん大きく膨らんできて、エコーを見ても人間の形になっていました。
顔はまだわからないけど楽しみで楽しみで仕方がないと言う感じでした!!
産婦人科の先生に母親学級の参加について言われ、参加をしてみました。
私は一番最年少で他のお母さん達は30代でした。入院する部屋など分娩室や陣痛室を見学させてくれました、でもいざ分娩室を見たとき不安がどっと押し寄せてきました。
初産は大変だとよく聞くのでどのくらい痛くてどのくらいで産まれるのか不安で不安でたまらなくなりました。
先生や友人は、私は安産だと思う!!って言われたんです。なぜなら、私の母が私と一つ上の姉を5時間以内で産んでたんです。だからみんな私は安産だと言っていました。友人からもおばあちゃんなどからもいろんな人からお守りをもらって勇気が出ててきました!!
8ヶ月に入ると胎動が激しくなりお腹をポコポコではなくボコボコ蹴るようになりました。
最初は我慢できるくらいだったんですが、だんだん力も強くなってある日買い物に出掛けていて車を運転してたとき、あばら骨を思いっきり蹴られビックリと痛さでハンドル操作を誤り車を縁石に乗り上げてしまいました。そして、車はカメ状態に動けなくなりました。(笑)
私も赤ちゃんもとくに異常はなかったものの車はハンドルがイカれてしまいました。
妊娠後期は車の運転は控えた方がいいことがわかりました!!
9ヶ月になりもうすぐで臨月になるので仕事は5月にやめることになりました。
実際私は家にいたりするより仕事をすることが好きでやめたくはありませんでした。
山で仕事してたので坂や階段など運動には適した環境ではあったので運動不足にならずにすんだのはよかったです!
家では家事などはやっていましたが午後はひまでダラダラと過ごす日々が…。
家にいてもすることがないし、外に出ても行くところがないし、結局引きこもるようになり退屈な毎日は私にはキツかったです。
そんな日々を過ごしたらあっという間に7月に!!
まぁ、初産は1週間はずれるとみんな言うので2日予定日だった私は予定日の全日に友人とご飯に行って何時間も長話をしていました。
家に帰りいつものように過ごしいつものように寝ました、すると夜中の3時頃に腹痛で目が覚めました。その時はただお腹が冷えただけかと思いトイレへ。それでもまだなんだか痛いなぁと思い寒いからだと分厚い掛け布団を出しくるみ腹痛がおさまるのを待ってたんです。それでもまだ腹痛がおさまらないので陣痛なのかと思い経過を計ってみました。
時間は全部バラバラで3分だったり5分だったり20分だったりでした。調べてみると本陣痛ではないみたいでとりあえず朝になったので旦那を仕事に送り出し、3時から起きていたので眠気におそわれそのまま寝てしまい10時にものすごい腹痛が!!
母が予定日だからと休みをとっていてくれて、そのまま病院に行くことに。
病院についたときは痛みがくると立っているのも困難なくらいで、痛みを絶えながら産婦人科まで歩くのはめちゃくちゃ苦しかったです。
子宮口はその時5㎝まで広がっていていつ破水してもおかしくないと言われ、このまま入院だと言われ陣痛室まで行くことに。
ここでもまた陣痛がくるんです、ほんとにもう車椅子に乗りたいくらいなんです。
でも歩けって鬼ですよね。(笑)
とにかく早く陣痛室に行きたくてがんばりました。
やっと陣痛室に、ここからは自分との闘いです。時間に身を任せると言っていたのにたまにものすごい勢いで痛くなるのが辛くて早く1分でも早く産みたいの連続でした。
それでも子宮口は5㎜ずつくらいしか開かず5時間ほど経ちました。
旦那も父も姉も来ていてみんな呑気なんです。
それがほんとにむかつくんですよね。(笑)
だんだん陣痛の時間も短くなっていき痛みも増した頃、看護婦さんにおやつ食べる?と言われカステラを出されたんです。めちゃくちゃ痛いのにおやつなんて言ってられるわけないですよね。旦那も少しは食べたらとすすめてきたけどほんとに余裕がないんです。
痛くないときは眠気がきてウトウトし、痛みがきたらいきまないようにしなきゃいけない。
こんなに大変なんだとは思ってもいませんでした。やっと子宮口が9㎝になったときあまりの痛さといきみたいので我慢できずにいきんでしまったんです。そしたらなにかが股からポコっと出てきて、私はパニックで頭が出たのかと思い急遽分娩室へ。
羊水をつつんでる膜だったみたいで、破水もしていないので強制的にハサミで破水をさせました。ここから先はどのタイミングでいきめばいいのかわからずパニックでした。分娩室に入って3時間が経ち最後の力を振り絞りました!!
するとニョロンと赤ちゃんがようやく誕生しました!!
トータルで10時間以上陣痛と闘い5時40分に3140gの男の子が産まれました。
痛くて痛くて地獄のようだったのに産まれるとそれも全て吹っ飛ぶんです。
死ぬ気でがんばってよかったと心から思っています。
まだまだ沢山大変なこともありますが、いろんな人の力を借りて頑張りたいと思います