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私が体験した妊活方法から妊娠中〜出産までの苦労・感動話


①【お産所を決めた日】
 尊敬する師匠Mに会いに、初めてバリ島を訪れたのが2014年の2 月でした。彼女は世界中を旅するダンサー。10数年前に初めてバリ島を訪れた際、あまりの大自然の豊かさにこの地で出産すると決意し、実際に出産したのです。当時のバリ島はとても貧しく、お産の知識が充分でなかったため、死産するケース、そして貧しさゆえ、産後すぐの赤ちゃんが売られるというなんとも悲しいケースが多かったそうで、そんな中、彼女はある一人の女性ロビン・リムと出会いました。ロビン・リムはそんな事情を改善するべくバリ島ウブドのニュークニンという村に365日24時間体制、無料の助産院「ブミセハット」を作った女性です。どんな人でも、どんな宗教でも、どんな病気の人でも医療サービスを受けられる。
師匠Mがロビン・リムに出会った時に「あなたはラッキーね、私に出会ったのだから」と言われたそうです。
ロビンさんがブミセハットを創設したのは、実の妹とその娘を妊娠による合併症で亡くすという悲しい経験がきっかけでした。 適切な処置を受けていれば救えた命。しかし多忙で診てくれる医者がいなかったために最悪の事態に陥ってしまったのです。その悲しみを癒すためにすべてを捨ててバリ島へ渡ったロビンさんでした。
 ロビンさんが実際に話している映像があるのですが、その中で彼女はこう言います。
「世界では、毎日800人以上のお母さんが亡くなります。人生で一番幸せであるはずの、その時に。しかも、その99%が途上国で起こっていて、特にインドネシアは貧困による栄養失調や劣悪な出産環境などの理由から、妊産婦の死亡率がアジアで最悪の水準だったのです。」
 この体験からロビンさんはひとつの答えにたどり着きます。それは”救える命は救う“
 そうしてブミセハット助産院は多くの妊産婦が訪れるようになったのですが、同時にだんだんと資金が足りなくなってきます。助産院はすべてドネーション制という形の寄付金で賄っていましたから。長らく困っていたある日のこと、CNNでその年、最も世界に貢献した人へ贈る「ヒーローオブザイヤー」に選ばれたのです。そしてその賞金で助産院もどうにかこうにか存続の危機を免れ、もう少し設備の整った助産院を建てることになったのです。
 そんな話を初めてバリ島を訪れた時に、師匠Mから聞き、帰国する前日にブミセハットを見学しに行くことになったのです。
 助産院へ着くと奥からロビンさんが出てきてくれたのですが、彼女の瞳を見るなり、なぜだか涙がこみ上げてきそうになったのを覚えています。なんていうのか、瞳の奥の、私には計り知れない悲しみと歓びを経験して大きな大きな慈愛に包み込まれている、そんな熱いもの感じました。
そしてロビンさんはよく来たねと優しく抱き寄せてくれました。 助産院ではちょうどさっき無事産み終えたお母さんと新生児がいたので会わせてもらうことができました。
お母さんはとても疲れ切った様子で、でも人生の一番の大仕事をやり遂げた英雄、そんな様子に当時の私の目には写っていました。 正直、助産院は訪れる予定は全くありませんでした。けれどもたまたま帰国の便の時間が近かった現地」出会った友人に誘われ、まあ時間あるし行ってみるか〜くらいの気持ちで訪れたのですが、いざ助産院へ一歩足を踏み入れた時に、自分でも本当に不思議なのですが、「あ、私ここで出産する! ここで産みたい!!」 そう強く、強く湧き上がる感情があったのを覚えています。ちなみにこの時は主人とも誰ともお付合いしていませんし、妊娠もしていませんでした。
そうして私の出産場所はこの日この時2014年3月3日に決まりました。
②【出会い〜妊活】
 主人と出会ったのは、帰国する前日でした。バリ島の大自然と開放感と師匠Mからたくさんの学びを得た最後の夜。満月の夜。心は解放されチャクラも毛穴も全快に開いていたのでしょう。すべてのものがキラキラとまるで魔法がかったかのように見えていました。もちろん当時の彼にも魔法の粉がキラキラと降り注いでいました。在住十数年という彼に私の心はたちまち夢中になっていたのを鮮明に覚えています。
 そんなこんなで彼も当時の私に好意を寄せてくれ、あれよあれよという間にお付き合いが始まり、結婚へと至りました。
 さあ、いざ結婚となると子供です。私は仕事がヨガ講師でしたので健康面には自信はあったのですが、年齢が30代ということ、周りが不妊の方が多かったということ、主人とは遠距離結婚だったためタイミングが難しいという心配がありました。実際、結婚してから早々タイミングよくすぐに赤ちゃんって授かるものじゃないんだな、と思うことも何度かありました。そこから出来る限りの事はやってみようと改善したものをご紹介します。
 まずは大好きなコーヒーをやめました。コーヒーには女性にとって特有の害がたくさんあります。香りに癒され、味に癒されるにもかかわらずです。ある例が、コーヒーに含まれるカフェイン。これとともに含まれるメチオキサンチン類と呼ばれる化学物質は子宮組織の形成と細胞の代謝に必要な特定の酵素の機能妨げ、腫瘍のような繊維性の組織を急速に形成させてしまします。いわゆる子宮筋腫です。超スピードで大きく成長させてしますのです。さらには子宮を冷やしてしまいます。赤ちゃんが宿る子宮が冷えてしまっては、赤ちゃんはいられなくなってしまします。空から見ている赤ちゃんもキンキンに冷えた子宮より、ぽっかぽかのふっかふかのあったかい子宮に入りたいと思うでしょう。ですからコーヒーをやめました。また、子宮を冷やすと言われている食品、ナス、トマト、柿もやめました。トマトにおいては食べる際は必ず火を通すようにしました。
また「黒入り玄米茶」というその名の通り玄米を黒くなるまで煎ったお茶を毎日飲み続けました。この玄米を黒く煎ったもの、それを温め煎じて飲むことで子宮がぽかぽかになるのだそうで、何人も妊娠できた!という話を聞いて実践していました。実際私も妊娠できましたし、勧めた友人も妊娠しました。
次にしたことは5本指のシルク靴下重ね履きです。まず足は第二の心臓とも言われており、足が冷えることで内臓も冷えます。5本指でない通常の靴下だと指と指の間から出る汗が逃げ場を失ってしまうために、その汗でより足が冷えてしますんです。またシルクコットンだと汗の吸収はもちろん良いのですが、さらに履き続けていると次第に穴が開き始めます。なぜ穴が開くかというとシルクコットンをも溶かしてしまう汗に含まれる体の有害な毒素が出ているためなのです。そのため履き続けていることで、デトックスにもなりますし、内臓が温められて、妊娠しやすい体、赤ちゃんが居心地の良いぽかぽかの子宮環境を作ることにつながります。
また布ナプキンにも変えました。それは市販されている使い捨てのナプキンが子宮に及ぼす害を知ってしまったためです。一説では使い捨てのナプキンには有害なダイオキシンが含まれていて、経皮毒という皮膚からの吸収率が腕や足が例えば数パーセントに比べて膣だけがダントツに80~98%とかなり高いのです。そのため使い捨てのナプキンを使い続けることで、経血量は増え、月経不順を招き、不妊になりやすいというリスクがあるというのです。この事実を信じるか信じないかはさておいて、布ナプキンを一度使うとその快適さや安心して使えるというメンタル面でも結果的に良かったですし、布ナプキンを使い始めてから経血量も減りました。またこれも妊活中の友人に勧めたところ、彼女は布ナプキンにしてから2か月で妊娠できて、今でも布ナプキンに変えたおかげだと言っています。
そして仕事がらということもありますが、ホットヨガを毎日続けました。ヨガは体をほぐします。体が凝り固まっていると交感神経が高まってしまい、体は常にリラックスできていない状態へとなってしまいます。ストレスが溜まっていたり、体が冷えると自力神経のバランスが崩れます。すると脳は生命維持を最優先しなげればと判断し、心臓や胃、腸などの生きるために絶対に動かしていなければならない臓器に最優先して血液を送り、卵巣、子宮などの生殖器官は後回しになってしまうのです。だから体のめぐりが悪くなると子宮に血液やリンパ、エネルギーを送る余裕がなくなって、結果冷えを招いて、月経不順、子宮の病気を起こしやすくなってしまったり、赤ちゃんが授かりにくい状態になってしまうのです。そうやって私たちに子宮が冷えている、寒いよ~とサインを送ってくれているんです。ヨガをすると不妊改善や、月経不順が改善されたり子宮が元気になるのは、体がほぐれて血のめぐりがよくなるからなんです。
あと忘れちゃいけないとても大切なこと、それは「子宮も感情を持っている」ということです。だからネガティヴな想いをためこんでいて、それが限界を超えると「もっとわたしを労わって~愛して~」ってメッセージを伝えるために、病気っていうサインを出すことがあるのです。
不妊治療をしてもなかなか子供を授かることのできなかった女性がこれを知り、感情の浄化を行い、感情のブロックが外れ、自分を愛せるようになったら赤ちゃんを授かったという話があります。感情の浄化って例えば思いっきり「泣く」とか、思いっきり声を出して歌うとか、友達同士、語りまくる!とか、女性はコレが1番だったりします。
あとは感情を絵に描いてみたり、日記に書いてみたりして、ここで重要なのが描いた紙を必ずビリビリ~ってやぶることです。「さよならネガティヴな感情~」というようにです。それから以前バリ島で出会った40歳の女性が1歳の赤ちゃん連れていて、その人が言いました。「 わたし結婚して10年子供が授からなくてね、ず~っと諦めきれない想いだったの。で、2年前バリに来てシャクティダンスをしてヨガして自分を開放していたら、そしたら、もういいや~って、なんか感情の浄化ができたの、そしたらね、帰国してすぐにこの子を妊娠したの!」このお話を聞いたときに、医学でも科学でも解明できないものが子宮にはある!!って実感したのです。そして子宮と感情は濃密に繋がっているんだ!!
ってことも実感したのです。
④【妊娠】
私の中では一通りやれることはやったという思いでいました。でも一つ気がついたことが、感情の浄化でした。「赤ちゃんが欲しい、欲しい、授かりますように!!」っていつも思っていたのです。それって言葉を噛み砕くと、「赤ちゃんが欲しいんだけど、授かるのかな〜、大丈夫かな〜私できるのかな〜」っという不安な気持ちもあることに気がついたんです。それとともに「執着」ということも。
そして肝心なパートナーも心から欲しいと願っているのか?ということです。どちらか一方だけの思いが強くなっていたりすると、それは叶えにくいのかな?そう思い、そこである満月の夜、互いの意思を再確認し合い、月夜の光を浴びながら「大丈夫!準備はできているよ、いつでもここにおいで!」と空に、赤ちゃんへ語りかけました。願望を言うのではなく、大丈夫だよいう今の私たちの状態を伝えてあげる。執着を手放すという作業。
それから妊娠がわかったのは間もなくしてからのことでした。
⑤【壮絶なつわり】
妊娠8週目あたりから壮絶なつわりに苦しみました。それまでは全くと言っていいほど元気で快適なマタニティライフだわ〜なんて楽しんでいたはずが、まさかまさかの長い長い壮絶な期間でした。もうなんなのでしょうね、私は出産する時よりもこのつわり期間が一番辛かったです。だって常に二日酔いで吐き気が止まらないような状態が約5ヶ月も続くわけです。仕事はできなくなるわ、食べる楽しみはなくなるわ、すると気持ちもネガティブにしかなれないのです。おかげで主人とも喧嘩になったりもしました。横になっていても気持ち悪い、横になっていると、主人や家族に寝てばかりいるなど小言を言われ、また喧嘩。もうとにかく毎日が辛いという記憶しかないです。このつわり期間中に私の両親と兄夫婦と姪っ子とで家族旅行でディズニーランドへ車で10時間かけて行ったのですが、車内はそれはそれは壮絶に猛烈に気持ち悪かったです。必死に毛布を握っていた事しか覚えていないくらいです。また、せっかくの楽しいはずのディズニーランドもとにかく気持ち悪くて、結局ほぼ座っているか、途中、案の定貧血になり救護室で休むということになったりのてんやわんやでした。いつになったらこの辛さは終わるのか毎日ネットを調べ、カレンダーを数えていました。
⑥【初めての胎動】
そんな辛い、しかなかったつわりも6ヶ月を過ぎたあたりで自然と消え、お腹もだんだんとぽっこりし始め、周りの人たちにも妊娠していると気づかれるようになってきた頃、ポコンというお腹を蹴るのか、動いたような鈍〜い感覚を感じるようになりました。最初って子宮のあたりがなんだかもぞもぞ?ぽこぽこまで行かない感じだったのでまさかそれが胎動とは気付きにくかったのをお覚えています。7ヶ月に入る頃になると動きはますます大きくなってきて、よくムービーを撮っては遠くバリ島にいる主人に送ったり、テレビ電話で見せたりしていました。
【妊娠7ヶ月バリへ渡る飛行機事件】
妊娠7ヶ月に入った頃に仕事を休みにし、主人がいるバリ島へ渡りました。そこである事件が起きました。シンガポールで主人と待ち合わせてそこからエアアジアでバリへ行く予定だったのですが、飛行機に乗ったすぐのこと、乗務員の女性が「妊娠していますか?」と聞いてきました。普通の会話だと思い、はい。と答えるとそこから大変な事態が、エアアジアでは妊娠中のご搭乗には必ず医師が認めた書類がないと乗ることはできないのだそうで、降りてもらうかもしれないというのです。そして書類はどこだと言われ、私はそんな大事なことを知らず、事前に調べておくという考えも思いつかなかったので書類はもちろん持っていませんでした。でも重いお腹で長いフライトでここまで来て、こんなところに残されてたまるものかと、「書類持っています!」と言い張ったのです。そして預けた大きな大きなキャリーバッグが取り出され、中から書類らしきもの、を取り出しました。そう、それはちょうどバリ島での助産院へ日本で通っていた産婦人科から経過報告という内容のものでした。けれど機長さんはじめ関係者は、「なんなんだこれは?どこになんて書いてあるんだ?」の問い詰めの嵐。ラッキーだったことにすべて日本語で書いてあったためにバレず?どうにかこうにかごまかして、出発時刻を約40分遅れて乗ることができ無事バリ島へ渡ることができました。妊娠中の渡航では是非、医師の承諾証(英語書き)されたものを持参することをお勧めします。
【ブミセハット助産院】
晴れて出産の地バリ島へ降り立ち早速、助産院へ行きました。やはり長いフライトでの疲れがきていたようでしばらくお腹の張りが続いていました。また今までに味わったことのないくらいの疲れがどっときていたようでした。またこのころは初めての妊娠から、より過敏というか神経質になってしまっていたように思います。ちょっとお腹が張るだけで不安に
なったり、心配したり、本来ならお散歩とかたくさんしたほうが健康的でよかったのでしょうがとにかく張らないようにと気にしすぎてソファにゴロンとしている日が多かったです。ちなみに日本の産婦人科だと月何回か行くのに対してブミセハット助産院は月1回でいいと言われたので、正直もうちょっと通って、診てもらいたいのになという気持ちありました。またエコーはよっぽど特別な時でないと見なくて、毎回触診のみでした。それも若い女の子が手馴れたように触診してくれるのです。
またお願いをしてエコーを見せてもらった時は機会が古くて、赤ちゃんの形状が私には見えづらく、日本である程度までエコーしてきてもらってよかったなあと感じました。
【妊娠9ヶ月 海外の計算違い】
妊娠8ヶ月に入ってから街を歩いているとよく、「Wow! Beautiful,How many month?」とすれ違う人に声をかけてもらっていました。声をかけてもらう嬉しさと妊婦さんを見て美しいという表現はさすが日本人にはない感覚だな〜と関心しつつ、「8ヶ月です」と答えると、必ずと言っていいほど「え?!それで?!小さすぎだね!!」と驚かれていました。その度に「ん〜、そうなのかな?通常サイズだと思うけどな〜」とそんなに小さいのか?不思議に思っていました。その後、助産院へ行きロビンさんに会うと同じように質問されたので同じように8ヶ月と答えると、何度も最終生理日を確認され、妊娠か月を測る円盤のようなものを何度も確認し、なんと「あなたは今8か月じゃないわ、7か月よ」と言われました。この言葉にはじめは耳を疑いましたが、しばらくしてそれがなぜなのかわかると、今まで街で声をかけてもらった人たちが驚いていた理由もわかりました。それはなんと、日本はトツキトウカの考えに対して日本以外の外国では9か月での計算になるそうだったのです。だから私はその頃は日本では8か月だけど、バリ島では7か月ということになるのだそうです。これでようやく納得ですよね。その後は街で声をかけられても7か月、と答えると小さすぎるわ!大丈夫?と聞き返されることも無くなりました。 
【臨月 ヤブ医者眠れぬ夜】
いよいよ臨月に入りブミセハットへ行くと、一度病院でエコーをしてもらってきて、胎盤が正常な位置にあるか確認してくるように言われ、ある病院を紹介してもらいました。これが眠れぬ夜の始まりでした。 紹介してもらった病院へ行くと、その先生はおらず、違う先生でいいならと診てもらうことにしました。というのも、先生でそんなに大きく変わらないでしょと軽視?していたからです。診察室へ入るなり、なんだか嫌〜な予感を感じました。なんていうのかその、先生イライラしているのを感じたのです¥エコーの見方も子宮に強く当ててくるし、お腹に肘乗せるしで、ひどかったです。さらに酷かったのが、ただ事じゃないような顔をして「羊水が全然なくて赤ちゃんが今非常に危険な状態です。いますぐ取り出さないと、とにかく危険だ」というのです。それも通訳役の主人でもわからないような医療用語ばかりを並べてくるので、主人もよくわからず困惑気味。
とにかくその日は一度帰ってどうするか話し合いました。
幸せな気持ちから一転、一気に不安と絶望の淵に立たされたようでした。そして自身を責める気持ちとで一睡もできませんでした。翌日、ブミセハットへ行き、言われたことをロビンさんに報告。するとぎゅうっと強く抱きしめてくれて大丈夫、大丈夫、愛してるわ、そして水を毎日3リットル飲んでと励ましと助言をくれ、親友の信頼できるお医者さんを紹介してもらうことに。その夜、神妙な面持ちで病院へ行くと壁にはいろんな外国人のお母さんと赤ちゃんの写真や手紙が張られていました。ここの先生すごくみんなに愛されているんだな〜なんて思いと、とにかく赤ちゃん無事でありますようにの気持ちでいっぱいいっぱいでした。いざ呼ばれて中へ入るとそこには、とても優しい表情をした先生が、事情も親身に聞いてくれて、いざ診察台へ。すると最新のエコーには羊水もしっかりあるし赤ちゃんもバッチリ元気なサムライだ!言ってくれ全く問題ないよと言ってくれたのです。この世の終わりの神妙な面持ちの私たちは地獄から一気に天国へ駆け上がったような気持ちになりました。そして、お医者さんはちゃんと選ばないととんでもないことになるということも学びました。また、バリ島は昔からすぐにお腹を切っちゃうことで有名でしたので、もしかしたら今回もそのケースに巻き込まれるところだったのかなとも思いました。それにしても本当に本当に良かったです。
【前駆陣痛夜から夜中】
予定日3日前。おしるしという形でお知らせが来ました。そして予定日前夜、前駆陣痛らしきものが夜7時あたりから始まり夜中3時から本格的に30分単位で始まりました。なんていうのか、生理痛に似ている痛みなんだけれどその1000倍の痛みというのを感じました。朝9時の時点で5分間隔になりました。日本だと10分で病院へ行くのだそうですが、ロビンさんは4分になったらおいで。と言っていたので、意外と冷静にシャワーを浴びて準備していたのを覚えています。そうして4分になったところでさすがにご飯を作る余裕はなくなったので主人にお願いして助産院へ連れて行ってもらうと、青白い顔の私を見るなり看護師さんが、「そんなんじゃ今から赤ちゃん産めないわ、しっかりご飯食べて、そしてまだ生まれないからその辺お散歩してきて」とこれまた冷静。お散歩なんて一歩も歩ける余裕なんてないくらい痛くて痛くて状態だったのですけどね、ご飯だけはなぜか食べれたというか、主人に何が食べたいか聞かれた時のリクエストが私ソッコーで「串カツ!!」でした。そして4分間隔でくるとてつもない痛みに悶絶しながら串カツを夢中で食べました。食欲ってこんな時でもあるんですね、自分の食欲に驚きと恥ずかしさとこれから頑張るんだからいいじゃないのよという気持ちでいっぱいでした。
それから間もなくしてさらなる痛み、ベッドに横たわっている方が痛すぎるし出てきそうだしでおかしくなりそうだったので、部屋にあったバランスボールに座り主人の手をちぎれそうなくらい握りしめました。私「もう出そう!もう出そう!」看護師さん「まだね〜夜までかかると思う」 そんなやり取りを聞いた主人、気がつくといなくなっており、知人のバリ人の手を握る私。午後2時、もう本当に無理!出そうだから看護師さん呼んできて!と必死の叫び。すると看護師さんら5〜6人がやってきて服を全部脱がされ全裸になりました。「はい、いいよいつでも力んで。」と。え?いやいや、旦那がいないじゃないか、どこに行ったんだ?!電話をかけても出ない、こっちはもう痛みの最中だというのにイライラもこみ上げてきました。瀕死の思いで産むのを待っているとそこへやっと主人がやってきました。私思わず「どこ行っていたのよ!もう産まれるのよ」というと、「ごめん、マッサージ行っていた」と一言、私の額にはきっと「はあ?」というムカつきマークが何個か出ていたでしょう。そうして私の後ろに覆いかぶさるようにして一緒の体制になり、いざ出産。あの時のイラッとした気持ちはきっと一生忘れないでしょうね。でも後ろで一緒の体制になって主人が腰を強く押してくれたり、主人の腕を必死につかまって力んだ夫婦二人での共同作業みたいなお産は一生忘れることのない素晴らしい感動的な体験となりました。そうしてわずか1時間での超スピード出産、生まれてきてくれた瞬間の人生で味わったことのないくらいの幸せ、喜び、感動を味わいました。
【へその緒と繋がったまま一晩】
バリ島では胎盤は赤ちゃんの兄弟と考えられているため捨てずにバケツに入れて、お家の庭に埋めるとその家の繁栄になると考えられています。そしてブミセハットでは胎盤と赤ちゃんは繋がったまま何日間か過ごします。さらに、庭先でフランジパニという南国のお花を拾ってきて、そのバケツに入れてあげるということもします。私の場合、お花はつい余裕がなく忘れてしまい出来なかったのですが、赤ちゃんと胎盤が繋がったまま一晩過ごしました。また、へその緒はハサミで切るより、本来は焼き切るのが一番いいらしいのです。また胎盤を食べると体がとてつもなく元気になる、若返る。というのを聞いていたので、少しだけ食してみました。本当はお醤油をつけて食べたかったのですが持ち合わせがなかったので、その場にあった蜂蜜をかけて食べました。味わうことはせずに、ごくりと飲み込みました。ただその効果は未だに得たのか微妙なところです。
出産、妊娠で一番苦労したことが、まさか雑誌や誰かの話でも聞いていなかった会陰縫合でした。陣痛や出産の痛みに完全に意識が入っていたので、まさかまさかのこれか、という感じ、出産する時間よりも長い2時間かかりましたし、麻酔の効いていないところに針糸が刺さって思わずお産の時にも出なかったぎゃーという声が出てしまいました。一番苦労した思い出です。また産後1ヶ月間も立ったり、座ったりも激痛、トイレも縫合した部分が破けるんじゃないかと不安でできず便秘にも悩みました。
そんなこんなで大変な思いもたくさんしましたが、現在私の腕の中には間もなく9ヶ月になる可愛い我が子が、この子の笑顔を見れるたびにそんな苦労だったトツキトウカも日々の苦労も一気に吹き飛びます。

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