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無排卵性月経、高プロラクチン血症

無事出産!

私に不妊治療が必要だった理由

私には2人の子どもがいます。1人目は不妊治療を開始して3年を過ぎた頃に妊娠。その1年後母乳育児が終了すると、また治療をして2人目を授かりました。

私は、月経が始まった中学生の頃から既に生理が不順でした。当時は「いずれ落ち着いてくる。思春期は珍しくない」という周囲からの意見もあり、毎月月経が来ないことに、さほど気にしていませんでした。

しかし、私の不順は毎月月経があったり、なかったりというものだけではなく、月経量や継続日数にも大きな差があり、異常以外の何物でもなかったように思います。

10代の頃、その異常の程度はというと、2日目と同じ経血量が10日続く。と思えば、1ヶ月に2回訪れ、極少量の経血、など実にバリエーション多く、いつどの程度の月経がくるのか、もはや自分には全く分かりませんでした。
そしてついに21歳になると、今までの月経はピタリと止まってしまい、思い出したように月経がくるようになります。その回数は1年に1、2回程度となっていました。

そんな時、当時看護師を目指していた私は、実習先の産婦人科の医師に話す機会があり、状態を伝えると、その場でホルモン検査をしてくださいました。

結果は、プロラクチンが高値で、そのために排卵が抑制されているとのことでした。

プロラクチンとは、脳から分泌されるホルモンのことで、女性の妊娠、出産に関与しています。出産後はこのホルモンによって乳腺の発育、乳汁の分泌が促されます。
まずは排卵と月経のリズムを目指すことになり、漢方とホルモン剤の内服治療を開始しました。

この頃、初めて「私、妊娠できるのだろうか・・・」と、不安が心の中に芽生え始めます。

その後、生活環境の変化で治療は中断しましたが、元の無排卵状態に戻っていたため、就職と同時に再び婦人科で検査と治療を開始しました。

診断は「無排卵性月経、高プロラクチン血症」
つまり、そもそも脳から卵子を育てなさい、と命令するホルモンが分泌されていない状態です。このことで、卵子が発育しないし、当然、排卵もない。結果的に月経もない。というサイクルに陥っていました。

この時の治療の目的は、
「基礎体温を測りながら、経口ホルモン剤で毎月月経がくるようにしよう。」
私の体は医学の手を借りなければほぼ間違いなく妊娠することはない、ということを確信した時期でもありました。

結婚を機にいよいよ不妊治療が開始された

いくらパートナーが存在しても、法的に婚姻関係になければ不妊治療を始めることは出来ないということで、経口ホルモン剤で月経をおこすことに留まっていた治療も、結婚と同時に不妊治療と名を変え、その内容も、より精神的にも身体的にもハードなものへと変化していきました。

医療従事者である私にとって、これから行われる検査の数々やその順序などは知識と経験から理解はしていました。
しかし、この先の見えない結果と、最終的に妊娠し出産するという目的が達成されるのか常に不安と恐怖が付きまとい、先の見えないトンネルの入り口に立った気分でした。

基礎体温測定のリズムで性交渉のタイミングを図る「タイミング法」、
卵管が狭窄や閉塞していないか調べる「卵管造影法」、
排卵期前後に頸管粘液が精子を通りやすくする状態にあっているか調べる「フーナーテスト」を行い、随時血中ホルモン検査やエコー検査、脳MRI検査を行っていきました。
体内の環境は妊娠しやすいよう整えられていく一方、妊娠という結果に結びつかず、夫の精子の検査も行いました。

結果、夫の精子にも数の問題や奇形、運動率が充分でないことが分かり、これを区切りとして人口受精へと治療のステップを進めることになりました。

治療を開始して、約2年が経っていました。

不妊治療に不可欠なパートナーとのコミュニケーション

しばしば、不妊治療はパートナーとの意見や考えのすれ違いで
性交渉に支障が出たり、治療に気持ちがついていかなかったりと、夫婦間にトラブルを抱えてしまいます。

私の場合もそうでした。共働きの上に勤務時間が異なる場合には、タイミングを図ると言っても、その為だけに行為を持つといったこともあります。

「精子の検査をして欲しい」と頼んでも良い顔をしない夫を説得した時もありました。夫婦が「待望の赤ちゃんをもうける」という目的に同じ方向を向いていないながら、治療を継続していくことは決して容易ではありませんでした。

治療開始当初、治療の必要性を伝えると夫はこう言いました。

「それなら頑張って治療していくしかないね。」

しかし、精子の異常が見つかり自分にも原因があると分かると、「自分はこれ以上(精子の採取)の検査や治療はしないから」と言いました。

この時、初めの「頑張っていくしかないね。」は私だけに向けられたものだったのか?と感じました。
同時に「私は夫の子供でなくてもいい、私は子どもが欲しいんだ。」と思ったのを今でも覚えています。

本当はこんなこと思っては悲しすぎるというのは充分に分かっていても、夫が治療に気持ちを向けなければ向けないほど、その気持ちは大きくなっていきました。

それでもやめることや休憩期間を作る選択は考えにありませんでした。
ですから、双方にとことん気持ちを伝え合い、また夫は何を考え、何を思っているのか、可能な限り同じ方向が向けるように何度も話し合いを繰り返しました。

理解できず暴言を吐いたことや、夫のプライドを傷つけ人格を疑うような発言をしたこともあります。

こんなことを積み重ねていき、果たしてどのくらい気持ちの差が縮まったかは、今でも分からずにいます。

でもお互いが全く同じように理解することが難しいことや、わかってもらおうとするより、なぜ今、私はこういう思いをしているのか、という視点で話をする姿勢は大きく変化しました。

夫婦の愛情というような甘い言葉ではなく、この頃から人間的に夫を見るようになりました。「あなたという人」と「私という人」が一つのことに向かっている。そんな感覚にあったと思います。

一方だけが耐えたり、聞く耳を持たない、関心を向けないといった行為は不妊治療を進めていくその道中で、何かしら傷跡を残すと私は思います。

また、私も言われたことがあるのですが、「好きにしたら良いよ」など一見相手を思っているようなこの言葉は、無責任の他にないと思います。二人のこと、二人の将来に大きく関係することなのだから、

真剣に考えるべきで、「力を合わせなければいけないこと」、だと思います。

人工授精から体外受精へ

人口受精も6回実施し一度も妊娠反応を得ることが出来ませんでした。

徐々に妊娠の可能性がなくなっていく恐怖に、焦りもピークに達していました。

3年を過ぎた頃、担当医から

「3年が一つの区切り。人口受精を今後続けても成功率が上がるわけではない。体外受精に移行するタイミングかもしれないですね。」と言われ、

提案通り、体外受精に切り替えました。

それからはあっという間に採卵の日が決まり、内服と筋肉注射で、ホルモン状態を整え、排卵を起こし、全身麻酔で卵子の採取を行いました。注射以外は、なんでも膣からの検査や治療。怖いだけでなくていつもいつも痛みが伴い、苦痛と不快感しかありませんでした。

夫の付き添いもかなわず、一人で手術に向かいました。
卵子は全部で16個ほど取れ、夫も精子を採取し、顕微授精。

受精卵の細胞分裂が始まり、果たして子宮に戻せる状態になるのか、やはり常に不安でした。

この頃になると、期待を持つという感覚はとても低くなっていました。
今まで、期待をしてもその結果を得られなかったから、ですが、期待するより、目の前の治療を1個ずつこなしていくしかない、という考えに変化したためだと思っています。

治療の途中の不測の事態と周囲への説明

採卵前、卵子の発育のために注射を行っている期間、一度にたくさんの卵子が反応することから、常に下腹部に圧迫感や張っている不快感がありました。椅子に座っても下から内臓全体が押し上げられるような気持ちの悪い期間が続きました。

それだけなら良かったのですが、ある時、勤務中に卵巣あたりに急に痛みが襲ってきました。立っていても座っていても痛みがあり、そのまま受診すると、卵巣が腫れ上がることで起こる
「卵巣過敏刺激症候群」とのこと。
破裂の危険性を考慮し、一泊入院しました。緊急手術に備え、必要な心電図検査や血液検査もしました。

私は職場では、不妊治療をしていることを誰にも言っていなかったので、こういった不測の事態が起こると説明が少し厄介でした。

とはいえ、仕事中にそのまま入院となってしまったことや、翌日の仕事から影響が伴うわけなので、上司にはきちんと話をしました。

今思えば、上司にはもっと早い段階で話しておけば良かったとう気持ちがあります。

私の中に不妊治療を話してしまうと、そのことを理由に何か大目に見てほしい、というような意図が伝わるのは避けたかったので話しませんでした。

結局、診断書をもらい休暇をいただき、職場には迷惑をかけてしまいました。

顕微授精の成功と子宮への移植

顕微授精の結果は11個の受精卵が細胞分裂を繰り返していました。
そのうち、最も分裂の状態が良いもの一個を子宮に移植することになりました。
その時もあっという間に日にちが決まり、迎えた当日。

その日は思ったよりドキドキも期待もなく、「無」という表現が合っているように思います。

この時も毎日の注射が続き、受精卵を迎え、子宮内で育ってくれるようにホルモンを投与しました。全て筋肉注射ですからお尻か腕。
そのどの箇所も硬くなり、内出血のアザが自分で見ても痛々しく感じます。

移植は採卵に比べると意識下で行われ、時間にして10分程度。
その後、数時間安静にして帰宅しました。

毎日、着床を願い、基礎体温表とにらめっこをし、考えられる着床までの日数を指折り数えていました。

期待をせずにいられませんでした。

今までと大きく違うことは、「すでに受精卵が子宮内に確実にいる」ことが分かっている、ということです。

そのまま体温が下がって月経が来ようとも、我が子がこのお腹にいるような感覚を感じずにはいられませんでした。

妊娠陽性反応

ここまでくると安静にしておいた方が着床率が上がるのではないか、のような不確かなことを気に留めなくなりました。

今まで通りの生活をして、あとは祈るのみといった心境です。
移植後着床までには3,4日を要しますが、妊娠を継続できるようにホルモン補充療法を行い、判定の日を待ちました。

しかし、クリニック受診の前に、やはり気になってしまい、移植後10日目に市販の検査キットを使用したところ、陽性反応!
ガッツポーズをし、人生で最高の喜びを感じた瞬間でした。

体外受精13日後にクリニックを受診し、医師より妊娠を告げられました。

繰り返される不安

気持ちが踊るような、今までの大変な思いが一気に飛んだのも束の間、今度はちゃんと育つのだろうか、出産まで妊娠を維持できるのだろうか、など不安がこみ上げてきました。

移植後10日までホルモン補充を行っていたのがなくなり、あんなに嫌だった注射も「しなくて大丈夫だろうか」や、ちょっとお腹が痛いと「もしかして悪いことが起こっているかもしれない」など
気が休まることはありませんでした。
そして、妊娠15週頃仕事中に中等度の出血がありました。

とてもびっくりして、「あぁ、もうダメかもしれない。また治療は最初から。そしてこの子の顔も見ることができないなんて」と悲観的なことが頭の中でぐるぐると回りました。

そのままクリニックを受診し、赤ちゃんは無事と言われたものの不安だらけの毎日でした。

そんなことを経て妊娠中期・後期と突入します。頻回にお腹の張りがあり、張り止めを内服しながら仕事も続けました。

試せるものはやっていた

医学的に効果がある、ないに関わらず、グレープフルーツが着床に効果があると聞けば、毎日ジュースを飲んでいましたし、電磁波は良くないからお腹付近でパソコンや携帯を使用しないほうが良いと情報を得ればかなり配慮して生活をしていました。

そして、妊娠反応が得られても、本当に妊娠を継続出来ないかもしれない事態を考え、移植した日からお腹に声かけをしていました。

はたから見れば変かもしれないし、意味ないと言われることも、自分が不妊治療に納得のいく行動を取りたかった為だと思います。

よく不妊治療中は妊娠できず、休憩の為に治療を中断したら、自然に出来た、という話を聞きます。しかし、私は休憩しようという考えは全くありませんでした。 
それより、より確実な方法で妊娠という結果が欲しかったのです。

それは10代の頃から自分の性と向き合ってきたからだと今では思います。その中で「無排卵が10年も続いて、突然一回の性交渉で妊娠することは限りなくゼロに近い」と分かっていたからです。

無事出産できるまでが不妊治療

「いつスタートラインに戻ることになるか分からない」
できれば考えたくないことですが、

陽性反応が出た時から子どもを出産するまで、毎日感じていたことです。自然妊娠の多くは、医師から「おめでたですよ」と告げられて徐々に母性を育てていきますが、不妊治療をしていると、

妊娠するまでの神秘だけでなく、どれだけ奇跡が起こって妊娠にたどり着くか、そして私が我が子をもうけた時には、どんな子育てをするのだろうか、など、もっともっと早い段階で、妊娠や子どもという存在に深く向き合っていると感じます。

現在、私の受精卵は凍結保存をされています。
ありがたいことに体外受精で2人の子どもを授かりました。

今後出産は考えていませんが、どうしても残りの受精卵を廃棄する気持ちにはなれません。なぜなら今、目の前にいる我が子も同じ形だったと思うからです。
不妊治療を行っている立場から見ると、贅沢な悩みとも感じます。

周囲の理解

日本では4組の夫婦のうち1組が不妊だと言われる中で、

まだまだ社会的にその理解は十分ではないです。確かに子育てもしにくいですが、それ以上に子供を持つ、ということにもがいている人が大勢います。費用もかさみ、働きながらでないと治療を継続できない場合も多い。そして身体の状態に合わせて、毎日投薬にも通わなくてはいけない。

パートナーとの信頼関係とは別に、社会的に不妊治療を行う決断した個人を、もっと応援、尊重される世の中になってほしいと切実に思います。

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