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海外で妊娠発覚!日本の産婦人科との違いに戸惑いまくりでした。


第一子を妊娠していることがわかったとき、私はアジアの某国にいました。夫の海外赴任に帯同して1年を過ぎていましたが、日本とは勝手の違う発展途上国で生活をしていたので、ストレスのせいか生理の周期はずれることが多く、最初は「妊娠」だとは思っていませんでした。すでに妊娠していた友人に、生理の遅れ・頻繁な尿意・胸のはりがあると話すと、すぐに妊娠検査薬を試すように言われました。仕事帰りの夫に電話して、薬局で買ってきてもらった妊娠検査薬は日本円で20円!翌朝試したところ、すぐに濃い陽性線が出て、夫婦で興奮しました。
ところが、近所の総合病院の産婦人科に行くと、お腹の赤ちゃんは週数の割には育っていないと言われました。そして、「赤ちゃんを成長させるために必要だから」と、たくさんの薬をもらいました。初めての妊娠で薬を飲んで良いものなのかわからず、その2週間はインターネットで検索をしては落ち込んでしまい、ずっと赤ちゃんのことばかり考えていました。
その後3回病院で診てもらいましたが、結局、計算上の妊娠9週目に入っても胎児の心拍は確認できませんでした。「次の週にもう一度来てください。その時に心拍の確認ができなかったら、その時は残念ですが手術します」と、医師に言われました。妊娠初期の頃、病院には毎回夫も付き添ってくれていたので、2人で落ち込みました。けれども、普段どちらかというとネガティブな夫が「他の病院にも行ってみよう!」と、言って、その場で別の産婦人科に電話をしてくれました。
「15時からなら空いているので来てください」と、受付の人に言われて、同じ日に2つの病院をはしごすることになりました。2つ目の病院では超音波検査の部屋に夫も入ることができたので、2人で祈るような気持ちでモニターを覗き込みました。優しい女性検査技師さんが、「ほら、これがベビーです。そして、ここが心臓!ちゃんと動いているでしょ?」と、わかりやすい英語で教えてくれました。
「わー!!!」トクトクトクと、一定のリズムを刻んでいる我が子の心臓を見て、思わず私は叫んでしまいました。そして、なぜか夫は「サンキュー、サンキュー」と、技師さんや周りにいた看護師さんに頭を下げていました。
こうして、無事に心拍の確認も済み、私の妊娠生活が本格的に始まりました。それと同時に、今まで「なんとなく体がだるい」という程度だったつわりも本格的にスタート。妊娠3・4ヶ月の時期は、ほとんど食べ物を受け付けず、常にソファかベッドでごろごろしていました。今まであまり気にならなかった水の臭いや洗剤の匂いにえづいてしまい、1日に何度も吐いたりトイレから出てこれなくなってしまったり。そんな中で時々無性にマクドナルドのポテトが食べたくなることがあって、そんな時は「え?食べられるの?良かったね!」と、夫が仕事帰りに買ってくれることもありました。しかし、食べるとまたトイレへ直行。つわりは妊娠7ヶ月に入るまで続き、一番つわりのきつかった4ヶ月のとき、私の体重は妊娠前よりも4キロ減少していました。
つわりがひどかった時期、私たちには大きな試練が2つありました。1つは「トリプルマーカー」検査で数値が悪かったこと。もう1つは、超音波検査で胎児の心臓に異常が見られるという見解が出たことでした。
日本では一般的ではない「トリプルマーカー」ですが、私が当時通っていた病院では他の検査と同様に、妊婦検診の日程に組み込まれていました。他の項目と一緒に血液検査で診断されたので、検査を受けるとき私は、トリプルマーカーが何をチェックするものなのかを知りませんでした。後になって調べると、これはお腹の赤ちゃんがダウン症の疑いがあるかどうかをチェックする検査でした。結果は「○○分の1」というように、ダウン症の可能性がある確率が数値で出てきます。
当時私の主治医だったのは、その病院で婦人科部長を務めているという、かなり貫禄のあるインド人の女医さんでした。数枚の検査結果のレポートを見ていましたが、最後の1枚のときに老眼鏡の中の目がぎょっと見開かれました。「トリプルマーカーの結果、あなたの年齢の割には数値が悪いです。この診察のあと、コンサルティングルームへ行って相談してきてください」と、言われました。看護師さんに促されて、コンサルティングルームに移動すると、そこには主治医とは違う女医さんが座っていました。私はレポートを見せながら状況を説明しました。急なことできちんと状況を把握していたわけではありませんでしたが、とても良くないことが起きていることを感じて、ずっと胸がドキドキしていました。
コンサルティングルームでは、家系図を描くように促され、そこに家族の病気や障害の有無なども書き記していきました。私がその作業をしているのを眺めながら、女医さんは「もしあなたが希望するなら、より精度の高い検査を受けることができます。それで悪い結果が出たら、妊娠をやめることもできます」と、さらっと言ってきました。
「妊娠をやめる?」思わず口を出てしまいました。この時すでに私は胎動を感じ始めていたので、何が何でも我が子を守らなければという気持ちが強くなっていたのだと思います。「どんな子であっても私は妊娠を継続するので、検査は受けません!」と、言ったこと以降の記憶は、ぼんやりとしていてどうやって家まで帰ったのかもよく覚えていません。
病院では強気に啖呵をきった私でしたが、頭の中では「つわりで気持ち悪いからって、葉酸を飲まなかったせいじゃないか?」とか、「ジャンクフードを食べたせいかも」など、トリプルマーカーの数値が悪いことで自分を責め続けていました。そして、実際に生まれてきた子に何らかの障害や病気があったら、自分はどんなサポートができるのかと、考え始めていました。
その1ヶ月後、今度は超音波検査で「赤ちゃんの心臓に異常がある」と、指摘されました。私たちの住んでいた国では、超音波の検査を受けるのは妊娠中に3~4回だけ。数少ない赤ちゃんを見られる機会だったので、この時は夫も病院についてきていました。超音波のあと2人で診察室へ行くと、主治医から「赤ちゃんの心臓に影があるようです。この病院ではこれ以上の検査を受けることができないので、心臓の専門医のいる病院を紹介します」と、言われました。
次の土曜日の午前中、夫には仕事を融通してもらい紹介された病院へ行きました。患者と見舞い客でごった返しているエントランスを抜けて階段で地下へ下りると、そこは小児科になっていました。小児科の奥に超音波検査室があり、そこでは胎児の臓器まで確認できるとのこと。私たち夫婦はあまり会話もせず、ベンチに座って順番を待っていました。
私は名前を呼ばれて、中の待合室へ入りました。私の前に検査をしていたのは、2歳くらいの女の子でした。私よりも若そうな母親に抱きかかえられた女の子の胸に、20センチほどの手術痕が縦に入っているのが見えました。「子どもが病気だということはこういうことなんだ」と、全身が緊張しました。
「大きく息を吸ってリラックスしてくださいね。お母さんが緊張しているからベビーもジタバタしてますよ」と、検査技師のおじさんに言われて、深呼吸すると検査はすぐに終わりました。結果は異常なし。本当に本当に、ホッとしました。
 
つわりが長く続いて日本の食事が恋しかったこと。病院を変えても結局先生と満足できるコミュニケーションが取れなかったこと。この2点から、日本に帰っての里帰り出産をすることにしました。里帰り出産先の病院は実家の近所にあり、妊娠前に婦人科検診でお世話になったことのあるところでした。妊娠3ヶ月のときに予約を入れ、その時に海外からの里帰り出産だと告げると、とても親身になってくれました。「里帰りする前に何か困ったことがあったら、いつでも電話してくださいね」と、院長先生も看護師さんもおっしゃってくれたので、図々しく国際電話をかけて相談させてもらったこともありました。
妊娠9ヶ月で日本に帰ったとき、私の体重は6キロ増加しただけの状態でした。日本の病院は体重管理に厳しいと聞いていたけれど、私は余裕だと思っていました。「私は体質的に体重が増えにくい妊婦なのかも?」なんて、思っていました。ところが、実家の母が「つわりがひどくて食べられなかったなんてかわいそう」と、毎日気合を入れて食事を作ってくれたり、私自身も久しぶりの日本の味覚に大喜びで食らいついたりしていたら、あれよあれよと体重が増えていってしまいました。
「何食べたらそんなに太ると?」と、院長先生に叱責され、栄養指導までされました。気をつけているつもりでしたが、臨月に入ると自分でも不思議なくらい、どんどん体重が増えていきます。季節は秋でしたが、毎回妊婦検診のときは少しでも体重を軽くしたいと思い、夏用の薄いワンピースを着ていったほどです。最終的に、13キロ増えた私の体重。里帰りから出産までの2ヶ月間に7キロも太ったことになります。そのせいか臨月にはむくみがひどくなり、食事も減塩を義務付けられていました。
体重が増えすぎること以外は順調だった里帰り妊娠生活。快適すぎたのか、正産期に入っても予定日を超えてもまったく生まれそうな兆候がありませんでした。夫は立ち会うことにも新生児の育児にも前向きでしたが、予定日の1週間後には日本を離れなければいけませんでした。
「まだ生まれない、まだ生まれない」と、毎日スクワットをしたり散歩をしたりしながら過ごしていましたが、赤ちゃんは下がってきませんでした。予定日超過4日目、検診に行くと前回から赤ちゃんの大きさがほとんど変わっていないことがわかりました。「胎盤が劣化してきて、赤ちゃんに栄養が行かなくなっている可能性があります」と、説明を受けました。このままだと、赤ちゃんに十分な栄養が届かず、お腹の中で死んでしまうかもしれないとのことでした。
翌朝入院して、陣痛促進剤を服用し始めました。が、それでも陣痛は起きず、今度は点滴。どんどん薬の量を増やしていって、やっと陣痛が起きました。痛みと疲労でボロボロになりながら、陣痛開始から19時間で元気な男の子が誕生しました!予定日超過7日目、夫が病院から空港へ行く4時間前に出てきてくれ、ギリギリで夫は赤ちゃんに会うことができました。
生まれてくるまでどこかでずっと気になっていた、妊娠中にされた「トリプルマーカー」と「心臓の異常」という指摘。赤ちゃんを初めて抱いたとき、もし何があっても全力で受け入れようと、改めて思いました。
この時生まれた子も、現在は元気に5歳になりました。障害も病気も今のところありません。3歳の頃、急に「ぼく、ママとずっと一緒にいたくて、お外に行きたくないよ!って思ってたの」と、お腹の中の記憶を話すことがありました。半信半疑ですが、意外と事実に合致している部分も多いのです。育児で疲れることもありますが、「この子はずっと私たちのことを見守ってくれていたんだ」と、気持ちを切り替えて、毎日子どもを大事にしようと思っています。

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